ご沙汰しております。

いよいよ2021年度も始まりの足音が聞こえてまいりました。

ですが、本年度優先です。

そして暑い・・・

私も皮膚病(アトピー性皮膚炎)があるので暑さで痒みが倍増どころではなく、日々病気を薬と通院でなんとかしているわけなんですが、なかなか病気って当事者でないとその苦しさとかって分からないものですよね。

理解してほしい反面、理解されてたまるかとも思うところもあったりしてなかなか理解してもらうのって難しいなって思う今日この頃です・・・

それでですね・・話は全く関係ないのですが、スニーカーの話をしたいと思います。

おそらく女性の方の多くは興味がない靴の話、前から書いてはいたのですが書いちゃ消し書いちゃ消しをしてました。

 

 

 

 

ですがやっぱり書きたいので書いてみようと思います。

さて、皆さんは1995年前後に日本で起きたスニーカーブームをご存じでしょうか?

コロナの話をしていたのに、なぜ突然スニーカーの話をするのかと思われるでしょう。

そうです。

何も関係がないように見えるコロナとスニーカーですが、実際にあんまり関係はありません💦

でも書きます。

 

 

私にとってスニーカーとは私の人生の約半分を占めており(嘘)コロナの影響とは裏腹に何の関係もないかのように新作を出し続けるメーカーとの闘いなのです。今回はそんなおそらく会員の大多数にはなんの興味もないスニーカーの話をしようかと思います。

私がスニーカーに興味を持ち始めたのは 「エアマックス狩り」などと揶揄された1995年当時、まだ中学生だった私にも日本で起きた空前のスニーカーの人気は影響を与えました。

ちなみにこちらが私が初めて欲しくなったスニーカー、その名も「エアマックス95’イエローグラデ」です。

若い年代の会員の方もいらっしゃるのでご存じない方も多いかもしれませんね💦

私が中学生当時、発売当初は普通に靴屋さんにもあるようなこのスニーカーは、その斬新なデザインと機能性から人気を博し、一時30万円を超えるような金額で転売されるようになりました。たかがスニーカーがそのような金額で取引されること自体今までなかったことでした。そして人が履いてるエアマックス95’をかっぱらう人まででてきたのです。そのこと自体もニュースで取り上げられるような一種の社会現象となりました。

そういった状況をお金のない一中学生だった私は「いいなー」と憧れるだけでもなにもできなかったという苦い思い出をもったまま成人となります。
そしてお金を稼ぐようになった今、そんな憧れのあるスニーカー達を買えるようになり一日一足しか履けない靴たちがだんだんと家を占拠するようになってまいりました。

スニーカーを愛されているのは何も私ばかりではございません(笑)

こちらのコーナーではそんなスニーカー好きからの人間関係なんかも交えながら好きな靴を紹介できればと考えております。

もちろん、会員ページでは例会に取り組む各委員会の活動や事業のご案内、引き続き私の日常も書きしるしていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

以上